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足寄物語~Ashoro Stories その28「Guest Houseぎまんち/やせいのおにくや/古道具屋うさぎ(前編)」

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窓の外を覗きながらハンターは、静かにこう呟いた。「いました。」助手席からその方向に目をやると2頭の雄のエゾシカが初冬の放牧地で枯草を食んでいた。「静かについて来てください。」ハンターの指示通り、車のドアをそっと閉め、彼の後を5メートル程離れてついて行く。味わった事のない

緊張感だ。ハンターは物陰に隠れ、身をかがめると、そーっと獲物に近づき、様子を見た。そして数十秒後、意を決したようにすくっと立ち上がると

シカの前へとその身を晒し銃を構えた。「ターン!」と乾いた音が牧草地とその奥のカラマツの森に響き渡り硝煙が舞った。仕留めたのかそうでないのかすぐには分からなかったが、シカは森の方向へ逃げて行く。ハンターは銃を構えたまま、シカを追い、牧草地と森の際のところで暫く獲物を探した。

弾は当たったのか?仕留める事は出来たのか?張りつめた緊張感の中そんな事を思いながら様子を窺っていると、「あれ?」と言ってハンターは銃の構えを解いた。フッと場の空気が緩む。「倒れてますね。」そう言った彼が示す方向を見ると森の縁でシカは倒れていた。ハンターが近づくと最期の力を振り絞り前足を高く上げたが、彼にはもう逃げる力は残っていなかった。

 

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ハンターの名は、「儀間雅真(ぎま まさなお)」。1987年神奈川県相模原市で生まれた儀間は、語学系の専門学校を出ると、空港職員や不動産業、はたまた総務職など様々な職業を経験した。元々、人見知りで全くのインドア派。「休みの日はゲームばかりしてました。」そんな儀間が外交的になったのは、現在の伴侶「芙沙子(ふさこ)」さんとの出会いだった。なんとか頑張って人付き合いを良くしようと参加した飲み会で彼女と出会い意気投合。2013年に結婚した。二人とも飲みに行くのが好きだったから、よく連れだって飲みに出ると、肉好きの儀間は、「変わったお肉があると必ず食べてたんですよね。」どうしてハンターに?と質問すると「自分でもよくわからないんですよ。」と答える彼にハンターを志した動機の心当たりは、「変わったお肉を食べていた。」という事くらいしかないのだという。

一方の芙沙子さんは、北海道北見市端野町で生まれ、高校までを端野で過ごした。大学で札幌に出ると、就職は環境省系の独立行政法人を選び、横浜に住んだ。自然豊かな端野に住んでいた頃からこの自然をどうやったら守っていけるのか?そう考えていた彼女は、大学で環境について学び、職業も環境問題に関わる職場を選んだ。そんな儀間夫妻が移住を考えるようになったのは、2016年頃。儀間が本気でハンターを目指したからだ。

「場所は猟が出来る田舎ならどこでも良かったんですけど、妻が北海道出身だから北海道と狩猟をキーワードに場所を絞りましたね。」

二人が選んだ移住先は、北海道十勝の足寄町だった。

 

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「私も主人も足寄の事は全く知らなかったんですが、私は『北海道に帰れる!』ってウキウキでしたね。」

芙沙子さんはそう当時を振り返るが、一体どうして全く知識のない足寄に辿り着いたのだろうか?「東京でやっていた移住相談イベントに行ったら帯広のブースにたまたま足寄の方がいたんですよ。で、移住体験ツアーをやるっていうし、参加すると謝礼も貰えるっていうので、特に興味はなかったんですけど行ってみよう!って」芙沙子さんがそう話すと、儀間は「町の名前すら読めなかったもんね。」と笑った。

こうして謝礼金に目が眩んだ(?)儀間夫妻はまんまと罠にかかり、足寄に一歩近づいた。

 

さて罠にかかった二人が実際の移住先に足寄を選んだのはどうしてだったのだろう?そう問うと芙沙子さんが、「櫻井さんのキャラが濃かったですよね。」とポツリ。そして夫妻は大笑いした。「すんごい北海道訛りの喋り方で、『あぁ!懐かしい!!』って思いました。」そういうと芙沙子さんは、また笑った。「櫻井さん」とは、足寄町で移住サポート業務を引き受ける「一般社団法人びびっどコラボレーション」の「櫻井光雄」代表の事だ。

東京で帯広のブースにいた足寄の人とは櫻井代表だった。櫻井さんに話しを聞くと、「私も丁度、びびっどをスタートさせる時で、何をどうしていいのか分からなかったんで、勉強のために帯広にお願いして参加させてもらってたんですよ。」「結局、足寄に移住する事になって、帯広にはなんだか申し訳ないなぁと思いましたけど、「びびっど」としては彼らが移住者第1号ですからね。良かったですよ。」櫻井さんがたまたまそこに行っていなければかなりの確率で儀間夫妻は足寄に来ていなかっただろう。櫻井さんの濃ゆいキャラクターが功を奏した訳だ。

 

そんな風に移住するつもりもなく訪れてみた足寄は二人にとって「何か面白かったですよね。」「人が面白かった。」そんな町だった。

更にハンターを目指す儀間にとっては、「来てみたらハンターにとっての環境が抜群だった。足寄は広いので、猟をするポイントには事欠かないんですよ。」初めて来てみた足寄町は、二人には謝礼金以上の魅力があった。

こうして儀間雅真・芙沙子夫妻は、2017年住み慣れた横浜を後にし足寄町民となった。

 

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足寄に移住した二人、儀間はまず地域おこし協力隊として足寄町役場の経済課に勤務。芙沙子さんは、櫻井さんの「びびっどコラボレーション」で事務職の仕事に就いた。儀間は並行してハンターとしても活動したが、彼はもう一つの目標として雇われるのではなく、自分で稼ぎたいという志を持っていた。そんな彼がまず始めたのがゲストハウスだった。「ゲストハウスなら特別なスキルは要らない。素泊まりの宿なんで、掃除さえ出来ればなんとかなるし、最悪お客さんが来なければやめればいいから。」そんな風に肩に力を入れずにゲストハウス開業を目指すと、櫻井さんが物件を見つけてくれた。その建物は、大きな平屋の豪邸で聞くと足寄神社を建てた宮大工さんが建てたものだという。「もう即決しましたね。」

2018年二人は宿の名を「Guest House ぎまんち」と名付けオープンさせた。

 

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「大変な事はあまりないけど、海外のゲストは最初緊張しましたね。」と芙沙子さん。「どういう対応をすればいいんだろうってドキドキしてました。」しかし、そんな彼女の心配は杞憂だった。「ぎまんち」に泊った外国人ゲストは、ザ・日本家屋な建物を気に入ってくれ、横浜時代「休みの日はゲームばっか」という生活をしていた儀間のコレクションは彼らを狂喜させた。そして何よりも語学の専門学校で勉強した英語力が「ぎまんち」では思いのほか役に立ったのだ。「ゲームも一緒にやったりしますよ。前に日本のゲームやアニメが好きなイスラエル人グループが泊ったんですが、彼ら元軍人で、屈強な男たちが自分でスイッチを持参してきて楽しそうにやってましたね。」そんな風に「ぎまんち」にはアジアを中心に欧米人など外国籍のゲストが多く、日本人ならハンターや料理人が多いという。「足寄に居ながらにして色々な人と出会えて、刺激を受けてますね。」儀間はそう話してくれた。すると芙沙子さんが、「でもぶっちゃけ言うと、私たちそんなに接客好きじゃないんですよね笑」と身もふたもない言葉を放り込んできた!!

まあ薄々は感じてましたけどね・・・笑。

「理想は、ゲストが勝手に来て、勝手にやって、勝手に帰る。で僕らは帰ったのを見計らって掃除するみたいなのが理想ですよね。」と儀間。

「でも面白い人も来るし、狩猟の話しが聞きたいって人も来て、そこから新しい事も生まれるので、そこはちょっと続けたいかなぁ。」とゲストとの

コミュニケーションにも満更でもない様子だ。

そんな二人の「Guest House ぎまんち」の宿泊券は、足寄町の「ふるさと納税」の返礼品となり、足寄の宿の顔となっている。

 

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順調にスタートした「Guest House ぎまんち」だったが、ご多分に漏れずコロナ禍に飲み込まれた。儀間の地域おこし協力隊の任期も終了したばかりで安定的な収入も途絶え、窮地に陥る。しかし儀間は、このピンチをチャンスに変え、ハンターとしてまた違うステージへと自身を押し上げた。

それまでは、仕留めたエゾシカは自分で食べたり、友人に譲ったりしていたが、儀間はこれを新しいビジネスに出来ないかと考え、2021年「やせいのおにくや」をスタートさせる。それは自身で獲ったエゾシカを自身で解体し、肉の販売と加工品の販売を行うそんなビジネスだった。

ハンターの仕事の期間、つまり狩猟が許される期間は、北海道なら10月1日から翌年1月31日まで。更にエゾシカの狩猟期間は、市町村毎に違い、足寄は10月の第3か第4土曜日から翌年の2月一杯となる。しかし、この他に作物を荒らす動物の有害駆除期間が設けられており、足寄の場合は前述の狩猟期間以外と定められている。つまり駆除の委嘱状を持っているハンターは通年で猟を出来る事になる。

儀間も1年を通し、早朝と夕方の2回ほぼ毎日猟に出て獲物と対峙する。

 

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自分も前々から一度猟に同行させてほしいと思っていたので、このチャンスにお願いすると儀間は快諾してくれた。その日は、日の出の午前6時36分から山に入り、ポイントをチェックしてはシカがいないと次のポイントへと移動するを繰り返した。山の中を歩き回り探す訳ではないが、シカを見つけても、その距離、そして完全に安全が保たれる場所か、仕留めた後に運びやすい場所か、などなど射撃のルールと条件が整わないと猟は行えないため、

必然的に移動回数と距離は伸び、ハンターが忍耐の仕事だと分かった。

この日も愛冠を手始めに、仲和から植坂、茂喜登牛、喜登牛と移動し、度々エゾシカを見つけるも射撃までには至らず、結局冒頭の雄ジカを仕留めたのは、「最後、一応周って帰りましょう。」とほぼほぼ獲物を諦めかけて移動した常盤地区。時計は午前10時を回っていた。

 

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自然を相手にするハンターだから、普通では出来ない経験もしたそうだ。ハンターの仕事には、獲物を撃つだけではなく、電気会社が山の中の高架線などを点検する際に作業員を熊から守る警備の仕事もある。一度、山中を歩いていると、前を歩いていた作業員が普通のトーンで、「あ。熊だ。」と言うので、かなり離れたところにいるものだとそちらを見ると、熊は目の前にいた。「うわっ!デカ!!って思いましたよ。」「いよいよ熊を撃つときが来たのかなと思ってちょっと怖くなりましたね。」幸い、熊は餌を探すのに夢中でこちらには気づかず、更に進行方向が熊とは逆に逃げられたため、襲われることはなかった。

そしてこんな事も。それはオンネトーの入り口よりも阿寒湖畔寄りの国有林に入った時の事だ。(注1)

時期は3月でまだ残雪がある中、林道を走っていると山の中で車がどうにもこうにも動けなくなってしまった。しかしいつも来ている場所ではあったので、そう心配もせずに国道まで歩こうと決意し、スマホの地図を見てより近いと思われる方へと歩き出した。それが午後6時くらいだった。

「で、その後結構歩いたなぁと思って、GPSで確認したら、全然進んでないんですよ。」「これはヤバッ!って思いましたよね。」林道は車が通っていないために轍もなくなり、積もった雪の中をズボズボと歩かなければいけなかった。「熊はまだ冬眠しているとは思ったんですが、真っ暗な森の奥から

ザバッザバッて何かが沢を歩くような音が聞こえてきて生きた心地がしなかったですよ。」「恐くて恐くてずっと『ウオッ!ウオッ!』って叫んで歩いてました。それでまた疲れちゃって。」結局、這々の体で国道へ辿り着いた時には、歩き出してから5時間後の夜11時を回っていた。

 

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後編へ続く

 

 

 

(注1)通常国有林での狩猟は禁止されていますが、特別に許可された期間の猟となります。

 

 

 

 

足寄物語

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