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足寄物語~Ashoro Stories その39 「愛冠駅はコビトの台所」

更新日:

足寄市街から国道242号を北へおよそ15分。廃屋が目につくが小さな集落が現れる。そこは足寄町愛冠(あいかっぷ)。

全9戸しかない限界集落であり自分の地元である。

国道の交差点を右に曲がると100メートルほど先に真っ赤な屋根の王冠のような建物が目に飛び込んでくる。かわいらしいその建物は、「旧愛冠駅」。

ここには池田町と北見市を結ぶ鉄路が走り、国鉄、JR北海道、そして第3セクターのふるさと銀河線と3つの時代を跨ぎながら愛冠や鷲府(わしっぷ)の住人の足と

なっていた。

 

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自分が幼いころは、まだ木造の古い駅舎で待合室と駅員室、そして奥には駅長さんが住む住宅部分が一体となっており、橋本さんという駅長さんが奥様と共にここに

住み、駅の仕事を一手に引き受けていた。じいさんに連れられ、足寄の市街に出かけると帰りはいつも駅員室に立ち寄り、駅長さんと小一時間ほど談笑するのが常で、

早く帰りたい自分はいつも辟易としていた。ほどなくして橋本さん夫妻に代わり、森さんという駅長がやってきた。愛冠駅最後の駅長さんだ。森さんは単身赴任だった

が、住宅部ではなくどういうわけか駅員室に、昔の駅にはよくあった木のごついベンチを2台並べてベッドにし、そこを寝ぐらとする変わった駅長さんだった。

しかし森駅長はただの変わり者ではない。当時一世を風靡していた「幸福駅」「愛国駅」の人気にあやかり、「愛の冠  愛冠」をキャッチフレーズにし、駅の前に湧いて

いた水場を「愛の泉」と名付けて売り出したアイデアマンだったのだ。果たして愛冠駅入場券は飛ぶように売れ「愛の泉」には恋人たちが殺到した。

一方そんな喧噪のなかでも、うちのじいさんはいつものように足寄から戻ると駅員室に立ち寄り駅長と談笑し、自分はやはりいつもように退屈をやり過ごす、

そんな駅でのひとコマはなにも変わらなかった。

中央 橋本駅長 右 奥様

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愛冠駅は、1977年(昭和52年)に古い駅舎から現在の王冠型の駅舎に建て替えられた。

それから29年後の2006年(平成18年)421日、「ふるさと銀河線」の廃線とともにその役目を終える。「愛冠駅」となってから54年の歳月が経っていた。

 

時間が止まっていた「愛冠駅」が再び動き出したのは2015年(平成27年)のこと。駅としてではなく「うどん屋」としてだった。群馬県に住む愛冠出身者が定年を

機に「5年間だけ」と条件つきで故郷の駅を「うどん屋」に変えたのである。店の名前は「赤虎(あかとら)」。

「故郷がすたれていくのがイヤだった。」とこの店を開いたその人は実は自分の叔父である。札幌から帰省し酒を酌み交わすと叔父は「オレの次はお前がここでなにか

をやれ。」とよくそう言った。叔父は約束の5年後、2020年(令和2年)の秋に店を閉じ群馬に戻っていった。

その翌年、入れ替わるように自分は故郷にUターンする。2021年(令和3年)7月うだるような暑い夏だった。

 

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足寄に戻り、週末にウォーキングしていると駅でなにやら作業している小柄な若者を見つけた。

その若者こそ、現在愛冠駅で人気の洋食レストラン「コビトの台所」を開くシェフの「岸 友也(きし ともや)」だった。彼は猛暑の中、お店の内装をDIYしていた。

「変なおじさんが来たなぁって思いましたよ。」彼はそういって笑ったが、まあまんざら間違いでもない。

そんな彼の「コビトの台所」は、岸の作るイタリアンやフレンチの手法を基本とし、あらゆる料理法を融合させた独自の料理と、パートナーであり接客とスイーツ

などのカフェ部門を担当する「小井圡 真弓(こいど まゆみ)」の2人で切り盛りし、わんぱくな愛犬「コジロー」に手を焼くレストランだ。

この二人、北海道の出身ではない。どこからやってきたのかと言うと群馬県。そう「うどん屋」の叔父が戻った群馬からやってきたのだ。もちろん互いに面識はない。

コビトの2人にとって愛冠は、縁もゆかりもない土地だったはずが、実はこんな「縁」が潜んでいた。

 

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「コビトの台所」のオーナーシェフである「岸 友也」。われらは「きしくん」と呼ぶ。

きしくんは、1984年(昭和59年)に群馬県の高崎市で生まれた。群馬の大学に進学したが、バイト三昧で学校にはほとんど行かなかったという。

そしてその時のバイト先がレストランやパスタ屋さんだったことから自然と料理の世界に足を踏みいれていくことになる。その後は日本各地で料理を学んだ。

まずは軽井沢のホテルに入社し洋食を3年ほど、高崎に戻るとオムライスの専門店で5年働き、最後は店長になった。さらに京都ではイタリアン、フレンチなどの

レストランで今に繋がる本格的な料理法を習得する。そんな京都時代にはパートナーである「小井圡 真弓」「まゆみちゃん」にも出会った。

しかし、その頃は将来北海道の片田舎でレストランをやるなどとは露ほども思ってはいなかった。

 

カフェ担当のまゆみちゃんは、1989年(昭和64年)に京都で生まれ、小学校に上がる前に高崎に越した。大学のときに生まれ故郷の京都の大学に編入し、卒業後は

商社に就職。しかし、彼女には一つの野望があった。「中学の時に海外研修でオーストラリアに行ったんですけど、すごく良くて、大学の時から『就職したら3年辛抱

してお金を貯めてワーキングホリデーでまたオーストラリアに行こう!』って決めてたんです。」

そして3年後、彼女は自身との約束通り会社を辞め、恋焦がれたオーストラリアへと旅立った。

 

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念願のオーストラリア再訪を叶えたまゆみちゃんは1年のワーキングホリデー後もオーストラリアに残りたかったためその後のビザ取得のためにすぐさま動き出した。

実はオーストラリアでは政府が指定する産業や地域で3か月程度働くと、もう1年ビザを延長できるセカンドビザの制度があり、まゆみちゃんはそれを取得するため

あるイチゴ農園で働くことにした。「でもそこが悪徳農場で丸一日働いても全然稼げなかったんですよ。」「まあ我慢して3ヶ月働きましたけど。」

そう言ってまゆみちゃんは口を尖らせたが、無事目標のセカンドビザを手に入れることが出来た。

そして次に、彼女は今のスタイルに繋がる運命の出会いを果たす。「たまたま見つけたオーガニックなベジタリアンカフェに入ったらそこがすごく雰囲気が良くて

『ここ働きたい!』って思っちゃったんです笑」ここまででおおよそ察しがついたと思うが、小井圡 真弓は「自由」だ。『働きたい!』って思ったら働いてしまう

のが彼女なのだ。「オーナーのトムに『ここで働かせてくれ!』って頼みこんで、最初は、”WWOOF(ウーフ)で働かせてもらったんですよ。」

WWOOF」とは、働く対価として「食」「住」を提供してもらう仕組みのことだ。

こうして彼女は、オーストラリア・クインズランド州のドゥーナンにある「サンスペース・カフェ」に腰を落ち着けた。

 

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トムさんと

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無事「サンスペース・カフェ」に潜り込んだまゆみちゃんだったが、仕事は「1日に3種類のケーキを作る。ひたすら作る。でした笑」コビトの台所で彼女の作った

ケーキを食べたことがあるかたは分かると思うが、ナッツやドライフルーツなどを使ったどっしりとした質感の食べ応えのあるケーキだ。

それは全てこの「サンスペース・カフェ」で毎日ひたすら作ったその賜物である。そして、そんな「サンスペース・カフェ」には、きしくんも度々日本から訪れた。

「仕事辞めて、観光ビザの期限ギリギリまで滞在したりしてました。」「トムと一緒に畑やったり、店をDIYしたり、もちろんレストラン手伝ったりもしました。」

「すごく楽しかったし、トムのスタイルにものすごく共感しました。」今の「コビトの台所」のスタイルって、このカフェの影響大きいね?と問うと、2人とも「あぁ。そうかもしれませんね。」と口を揃えた。「『サンスペース・カフェ』を手伝ってて、スタッフはもちろんだけど、あそこに集ってくる人たちと付き合って自然と感性が磨かれた気がするんですよね。」きしくんはそう話し、「実は、ここの場所で店やろうかなって思った時に、トムが『日本人は美味しいところを探してわざわざやって来るから、へんぴなところでやっても大丈夫だよ。』ってアドバイスしてくれたんですよ。」「トムがそう言うなら、『じゃあやろっかな』って笑」

 

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「サンスペース・カフェ」のバイブスに大きな影響を受け、2年間の オーストラリアでの生活を終えたまゆみちゃんは一旦帰国し温泉旅館などで集中的にバイト、再び渡航費用を貯めると今度は? 「ニュージーランドに行きました。」 そうくるだろうとは思っていたが、やはりそうきたか。

ニュージーランドでは、南島の北西にある「タカカ」という街目指した。一体どうして?「私の中でヒッピータウンに行ったら平和だろうなって笑 ニュージーラン

ドで『ヒッピータウンは?』って聞いたら「タカカ」って答えるんですよ。」そう「タカカ」は知る人ぞ知るヒッピータウンで、アートや音楽、自然食に囲まれゆるや

かな空気感に包まれた街だった。「小井圡自由真弓」にはピッタリの街だったのだ。

「タカカに着いたらまず仕事しようと思って、街から10キロくらい離れたキウイ農場に自転車でえっちらおっちら行って『働きたいです。』って頼んだら、丁度雨が降ってたんですけど、『君、がんばってるからいいよ』って雇ってもらえたんです笑」さすがヒッピータウンだ。まだチャリしかがんばっていないのに高い評価を与えてくれた。丁度、冬の時期だったからキウイの木の剪定が仕事で、相棒は近所のおじいちゃんだった。その農場では2ヶ月ほど働いた。

「で、少ししたらお金なくなっちゃったから、今度はタカカのスーパーに『なんでもするから仕事求む。時給10ドルあればハッピーです。』って張り紙したら、『うちの掃除を手伝って』っていう人が現れて、ジェニーンっていうんですけど、ジェニーンは、絵を描いたり、人形とかを作るアーティストだったんですよ。で色々話してたら『じゃあ、うちに住みな』って笑」

「ジェニーンのだんなさんのサイモンは養蜂家でいまコビトで使っているはちみつは、彼のはちみつを使ってるんですよ。」「まあでも今は引退してヨットで世界を旅してますけどね。」・・・。こうして類は友を呼び、まゆみちゃんはニュージーランドでも落ち着くべき場所に落ち着いたのである。

 

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ジェニーンさんと

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サイモンさんと

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ジェニーンの家に数か月居候したまゆみちゃんだったが、「せっかくニュージーランドに来たんだから、北島にも行ってみたいって思って。」彼女はジェニーン一家に

別れを告げ北島の「ニュープリマス」という街へ。「ニュープリマスでは、ビーガンカフェとバックパッカー相手の仕事を掛け持ちしていたんですが、そんなことして

るうちにコロナ禍になっちゃって。」ニュージーランドは瞬く間にロックダウンされた。さぞ大変だったろうと思うが、当の本人は、「これでしばらく日本に帰れなくな

った。ラッキー!って笑」さすが、「小井圡自由とヒッピー真弓」である。しばらくして行動規制が解除されると、彼女を心配したジェニーンから「タカカに帰って

おいで!」と連絡があり、友に呼ばれた類は再びジェニーン家のお世話になった。

 

一方のきしくんはと言うと、オーストラリアでトムさんの手伝いをしている時に、北海道のとあるファームの話しを聞いていた。トムさんと同じ理念を持つ「ソフィア

ファーム」という農場だった。「で、トムに紹介してもらって、ソフィアファームに行ったんですよ。」その「ソフィアファーム」こそ足寄の隣町の本別にある農場だっ

た。ソフィアファームでは、「WWOOF」スタイルで仕事を手伝い、「出たり入ったりでトータル3年くらい手伝いましたかねぇ。」「で、上高地で仕事が決まったん

で、よし!これで戻ろう!って思ってたら、コロナですよ。仕事の話しも立ち消えになっちゃったんですよね。」さあどうしたものかと思案していた矢先、きしくんは

運命の出会いを果たす。「たまたま、前の国道を通りかかったら、ここを見つけたんです。」それが「愛冠駅」だった。「駅舎を見たときに、ここだ!って思ったんです

よね。ここで何かやったら面白いかもって。」2020年の冬のことだった。

 

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2021年の春からきしくんは、愛冠駅の内装をDIYし始めた。まゆみちゃんもニュージーランドから帰国し合流。二人はトマト栽培やホテルでのアルバイトをしながら

ちょっとずつちょっとずつ店を改装し、ちょっとずつちょっとずつ足寄での知り合いを増やしていった。「実はソフィアファームに芙沙子さんも手伝いに来てて」

きしくんがそう言った。「芙沙子」さんとは、このコラムにも登場してくれた「GUEST HOUSE ぎまんち」「古道具屋うさぎ」そして「オンネトー休憩舎」の運営を

担う「合同会社ほとり」を経営する「儀間 芙沙子(ぎま ふさこ)」さんのことだ。だんなさまの「雅真(まさなお)」さんはハンターでエゾシカの肉を販売する

「やせいのおにくや」を経営している。そんな繋がりから「コビトの台所」をオープンさせる前から雅真さんが獲ったエゾシカの肉を使った「シカランチ」や「シカ

ディナー」イベントを開催したり、「やせいのおにくや」こけら落としの際に招待客へのお土産としてランチボックスを提供したりと、きしくんとまゆみちゃん

ことはじんわりと町民に知れ渡っていった。2021年9月「コビトの台所」がオープンするとそのランチボックスを食べた町のお歴々がこぞって常連客となってくれ

 

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「コビトの台所」がオープンしてしばらくすると自分も愛冠の幼馴染とともにちょこちょこと店に顔を出しコーヒーを飲みながら話しをするようなった。

そんな折、くだんの幼馴染が、「オレ、愛冠でイベントやりたいんですよね。」と控えめに語りだした。元々イベント屋でもあった自分は「いいよ。やるべ。」と軽い

調子で返事をし、すぐさま、きしくんとまゆみちゃんに「イベントやりたいんだけど一緒にやらない?」と誘いをかけた。「面白そうですねぇ。やりましょ!」

こうして「コビトの台所」とその周辺で始めたのが「アイカップフェスト」だ。仲間には愛冠で農業を営む後継者らも引き込み、202310月に初開催。

木育マイスターの幼馴染の木育ブースに愛冠の農場で獲れた野菜の販売。愛冠と線路の跡を歩くツアーに、ホームの跡には愛冠の懐かしい写真を展示。

そして「コビトの台所」の料理だ。40人くらい来ればいいんじゃない。」なんて話していたイベントは150人ほどが来場し、「コビトの台所」には長蛇の列ができた。

こうしてやめるにやめられなくなった「アイカップフェスト」は、その後3回開催し、今年も1024日に4回目を予定している。

さらに、フェストの成功に味をしめたわれらは、「真冬にもなんかやりたいねぇ。」と2025年から「愛冠聖燭祭(あいかっぷせいしょくさい)」なるイベントもスタート

させた。ともに小さいながらも足寄の名物イベントになりつつあるが、なによりも愛冠のじいちゃん、ばあちゃんたちや愛冠出身者が喜んでくれたのが嬉しかった。

これもきしくんとまゆみちゃんが愛冠駅にふたたび灯を灯してくれたおかげだ。

 

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「コビトの台所」は現在、ランチ、ディナーともに予約制をとり、じっくりと料理やお酒、そして2人とのおしゃべりが楽しめる。建物のスペースが狭いのが幸いして貸し切りになるので、後ろの時間がなければ3時間も4時間も腰をすえるお客もいる。

食材は十勝の海の幸、山の幸が中心。もちろん「ありがとう牧場のミルク」「兼古牧場の雲海和牛」「やせいのおにくやのエゾシカ肉」「アイザックスのなすびにアスパ

ラにしいたけ」「あと前に住んでた上利別のおばあちゃんが野菜持ってきてくれるんすよ。」と足寄自慢の食材に愛冠の「コビト」が魔法をかける。

きしくんの手にかかればお皿には1枚の絵が描かれる。

 

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「ちょっとずつ、ちょっとずつって感じで、お客さんがお客さんを呼んでくれた気がします。もともと、通りすがりのお客さんではなく、繰り返し来てくださる常連客をと考えていたので狙い通りのお店にはなっているのかな。」きしくんはそう話して、まゆみちゃんを見ると彼女も小さくうなずいた。

「コビトの台所」のお客は、町内は元より帯広を中心とした十勝や、北見やオホーツク方面、遠くは札幌からもやってくる。皆、きしくんの料理とまゆみちゃんのスイーツ、そして2人のキャラクターに魅了された人ばかりだ。

 

2人は今、お店を増築しスペースを広げることを考えている。

「やっぱり段々機材も増えたりして手狭になってきているし、そのためにまゆみさんのカフェ部門のお客を切らざるを得ない状態なので、スペースを広げることによって、テイクアウトでまゆみさんのケーキやお菓子を楽しみにしている人に対応できるかなって。」「コビトの台所」はどんどんブラッシュアップしていく。

 

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「最初愛冠に来たときには、イジめられるかな?って想像してた笑」まゆみちゃんはそう話すとケラケラっと笑った。

「コビトの台所」の2人、特にまゆみちゃんは、愛冠駅前のおばあちゃんたちと大の仲良しになった。80オーバーのばあちゃんを相手に「しょーこちゃん!」「えみちゃん!」と気軽に声をかけ、一人暮らしの「えみちゃん」を買い物に連れていってくれたりもする。2人は愛冠の自治会にも入会し、地域の清掃や美化活動にも参加。愛冠神社の春と秋のお祭りには寄付をしてくれ、お参りにも来てくれる。2人が愛冠にいることにもう違和感などない。当たり前の風景だ。

「愛冠の人たちに良くしてもらって、ほんとにありがたいです。」まゆみちゃんがそう呟くと、今度はきしくんがコクッとうなずいた。

 

愛冠駅は「コビトの台所」のおかげで再び愛冠のシンボルとなり、人の集まる場所となった。自分はというとあの頃のじいさんのように駅に立ち寄っては2人と

おしゃべりをする。幼馴染がやってきたら「おう!」、顔見知りの常連客には「お久しぶり!」そうやってまたおしゃべりをする。

気がつくと西の空が赤く染まりだし、かたわらの「コジロー」があの頃の幼かった自分のように退屈そうに大きなあくびをした。

 

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「愛冠駅はコビトの台所」  足寄町愛冠35-12(旧愛冠駅) TEL 070-9316-1770

 

インスタグラム

https://www.instagram.com/kobis_kitchen/?hl=ja

 

      コビトの台所への予約、お問合せは電話もしくはインスタグラムのDMでお願いします。

 

※ コラム内の情報は、20266月現在の情報です。

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